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坂の上の雲のコース

Pilgrimage in temple

四国八十八ヶ寺詣りフルコース(大体8泊9日)

四国八十八ヶ寺詣りフルコース(大体8泊9日)は、巡るお寺の順番や宿泊の仕方等々、その時のご希望に合せてこの道のベテランドライバーがご案内させていただきますが、料金についてはその都度臨機応変に ご相談させていただきますので、このコースについてはお電話ください。

四国八十八ヶ所の中の松山8ヶ寺巡りルート(所要時間:約5時間)

24,200円〜(小型タクシー)>>料金の詳細はこちら

(例)各所(ホテルなど)出発→ (1)46番札所・浄瑠璃寺→ (2)47番札所・八坂寺→ (3)48番札所・西林寺→
(4)49番札所・浄土寺→ (5)50番札所・繁多寺→ (6)51番札所・石手寺→  (7)52番札所・太山寺→
(8)53番札所・円明寺→ 各所(空港・観光港・JR駅など)

お寺巡礼コースの見所  8ヶ寺

46番札所・浄瑠璃寺

708年(和銅元年)、行基が奈良・東大寺の大仏開眼に先立って訪れ、薬師如来を安置し開基。 812年(弘仁3年)、弘法大師が薬師瑠璃光如来にちなんで浄瑠璃寺と名付けました。 参道の石段を上ると、正面に本堂右に大師堂、左に弁財天があり、本堂前にの「仏足石」に自分の足を合わせると健脚・交通安全に利益があるとされています。

47番札所・八坂寺

行者・役小角(おずぬ)が開基し、伊予国司の越智玉興が文武天皇の勅願寺として701年(大宝元年)に創建されました。伽藍(がらん)を建立するため、8つの坂を切り開いたことから寺号がついたそうです。一時荒廃しましたが、弘法大師が長く滞在して再興したと伝えられています。。

48番札所・西林寺

741年(天平13年)、聖武天皇の勅願により行基が建立。807年(大同2年)、弘法大師が現在地へ移して再興したと伝えられています。近くには干ばつに苦しむ民を救うため、弘法大師がつえを突き立てると清水が沸きでたとされる「杖ノ淵(じょうのふち)」があり、「名水100選」にも選ばれ、池には刺身のつまに用いられる水藻のテギレイが自生しています。

49番札所・浄土寺

天平年間(729−749)に、考謙天皇の勅願ににより、恵明上人が創建。 天徳年間(957−961)に、空也が訪れ、3年間滞在したと言われ、 自分で彫ったといわれる重要文化財の「空也上人立像」があります。 寄せ木造りで、かねをたたきながら「南無阿弥陀仏」を唱え、遍歴する姿で、口からは六字の名号が仏となって現れています。

50番札所・繁多寺

天平勝宝年間(749−757)に考謙天皇の勅願で行基が開設。 各地を行脚した時宗の開祖で松山出身の一遍上人(1239−1289)も一時滞在したとされています。江戸時代には徳川家の帰依を得て、本堂の左側の聖天堂には四代将軍家家綱の念持仏の一体、歓喜天がまつられています。

51番札所・石手寺

728年(神亀5)、聖武天皇の勅願により、伊予の大守越智玉純が創建したと言われています。 当初は安養寺と呼ばれていました。国宝の仁王門や重要文化財の本堂、三重塔、護摩堂、鐘楼のほか、境内にはたくさんの堂があり、東側山頂に立つ高さ16メートルの大師像は、1984年に建立されたもので遠くからも望むことができます。

52番札所・太山寺

6世紀、豊後の国の商人真野長者が瀬戸内海を航行中、松山市沖で嵐に遭い、観音様に祈りを込めると、山の頂上から一筋の光が夜の海を照らし、船は無事に高浜の岸にたどり着いたことから、報恩に開基したと伝たえられています。鎌倉時代に和、唐、天竺(てんじく)の様式で再建された本堂は国宝です。

53番札所・円明寺

円明寺は聖武天皇の勅願により、天平年間(729−49)、行基を開祖に創建されたと伝たえられています。兵火により荒廃し、1633年(寛永10)地元の豪族・須賀重久が現在地に再建しました。本堂内には左甚五郎の作とされる竜の彫り物があり、境内にはキリシタン石塔が安置され、同寺から少し離れた大川に「遍路橋」と呼ばれる橋があります。

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